Ran from 27 August 2020 to 25 October 2020
Kimono: Kyoto to Catwalk の歩き方
シーラ・クリフさんと芝崎るみとの対話から
2020年2月27日から10月25日までの間、イギリス ロンドンにあるヴィクトリア&アルバート博物館できもの展「Kimono: Kyoto to Catwalk」が開催されました。新型コロナの感染拡大という社会的状況もあり、日本のメディアに取り上げられる機会は少ない企画展でしたが、前例のない画期的なエキシビションとして世界の耳目を集めました。日本チームの顧問として展覧会の開催に尽力したシーラ・クリフさん、日本の現代きものとして博物館に永久収蔵されることが決まった Rumi Rock のデザイナー芝崎るみが、期間中、現地で行われていたことをふりかえります。
“Kimono: Kyoto to Catwalk” was held at the Royal Victoria and Albert Museum (V & A) in London, England from the end of February to the end of October 2020(It was closed for 3 months from April 1st, for preventive measures against the new corona virus infections.
At “Kimono: Kyoto to Catwalk”, “Rumi Rock” works were also exhibited as Japanese modern kimonos. Kimono from the Edo period to the present day was were exhibited in the exhibition. “Rumi Rock” works were also exhibited as modern Japanese kimonos, and Some of the “Rumi Rock” works were permanently stored in the museum.Once again, we I asked Rumi Shibasaki, a the designer of “Rumi Rock”, and Sheila Cliffe, a kimono researcher from England who gave
advice on collecting works for the exhibition, to look back on the exhibition through in a dialogue format.
(英訳:シーラ・クリフ)
世界一大きな博物館で世界初の展示会
司会:加勢美佐緒
最初に「Kimono: Kyoto to Catwalk」がどのような企画展だったのか、日本の方、きものに興味がある方にお伝えしたく、ぜひ何らかのかたちとして残しておきたいと思います。
シーラ・クリフ(以下シーラ):「Kimono: Kyoto to Catwalk」はとても重要な展覧会だったと思います。ヴィクトリア&アルバート博物館(以下V&A)は工芸の博物館としては世界一大きな博物館で、海外で行われたきものの展示会としては、おそらく今まででもっとも大規模なものとなりました。これまでにもきものの展示会はありましたが、海外で行う場合は、日本の歴史や出来事だけではなくて、日本のきものが海外にどのような影響を与えたのか、そしてどのように取り上げられてきたのか、というところを明確にしないといけません。日本はヨーロッパやインドとの交流が古くからあり、その影響は今日までずっと続いています。そしてメディアでも取り上げられるように、きものはファッション業界や映画の世界など、いろいろな分野で影響を与え続けているわけですから。
きものが、海外に影響を与えたということですね。
シーラ:そうです。そしてそれはとても大切なことだと思います。旧来の博物館は、今現在、アクティブで活動しているものは取り上げることは少ないと思いますが、V&A は、今現在、生きている文化、たとえばファッションの文化なども大切にしています。
今回の企画展は、ファッション関連のイベントの一環として企画されたものなのでしょうか。
シーラ:きものといわれるものを取り上げるのは初めてです。今回は特に、現代のファッションブランドがきものにどうインスパイヤされてきたかにポイントがあります。これまでにも「豆千代モダン」さんのきものは、日本のサブカルチャー的な展示会として、イギリスでも何度か紹介されています。彼女のきものを所有している方もいる。今回の展示では、そうした若者に人気のあるブランドを紹介しながら、その魅力を伝えることに力を入れていました。るみさんの「Rumi Rock」や京都の「モダンアンテナ」さん、「iroca(イロカ)」さん、きものオブジェ作家の「重宗玉緒」さん。また、藤木屋さんや和次元・滴やさんは男性のファッションに力を入れているブランドですね。
ヴィクトリア&アルバート博物館がめざすこと
V&A は、2017年頃からきものに関する展覧会の準備をしていたそうですね。V&A のアンナ・ジャクソンさんとは以前から交流があったのですか。
シーラ:アンナさんは V&A アジア圏のコレクションの責任者で、最初にお会いしたのは文化服装学院の研究会でした。その頃からこうした展示会をやりたいと言っていました。
今回のV&A の展覧会で展示されるコレクションはどのような経緯で選ばれたのでしょうか。
シーラ:おそらく私が書いた書籍『SHEILA KIMONO STYLE』『The Social Life of Kimono』やインスタグラムの情報などもきっかけになったと思います。なぜきものがファッションであるかということを説明してますし、私自身が現代のきものの業界を知っていて、きものも買っていましたから。
シーラさんを介して、るみさんに打診がきたわけですね。どのようなやりとりがあったのか覚えていらっしゃいますか。
芝崎るみ(以下るみ):最初にシーラさんから連絡をいただいた時は「るみも忙しいと思うけれども、世界で一番大きな博物館だし、ぜひ参加したほうがいい」と、子どもをあやすように言われました(笑)。アンナさんはアトリエまでいらっしゃって、ゆかた2点と帯を1点を選ばれました。その頃は V&Aの展示内容を示す、全体的なラフの企画書をおもちでした。
アンナさんが日本に直接来られたのですか。
シーラ:そうです。その後も何度か日本にいらして、オークションに行ったり、江戸のものを探して収集されたりしてました。
博物館側は、その時から収集活動もしていたのでしょうか。
るみ:コレクションをバランスよく集めようとしたのだと思います。シーラさんの情報を基に、フォーカスするポイントを組み立てていったのではないでしょうか。V&A は創設当時から各国のカルチャーを集めていて、きものもいくつかコレクションしていたようです。
シーラ:世界中どの博物館でも予算が厳しくなってますから、新たなコレクションの収集も厳選しないといけない。
るみ:たぶん、今回の展覧会は東西交流というテーマがあって、西文化圏の柄を東文化圏で染めていたり、東文化圏の生地を西文化圏がドレスにしている例を探したり、その逆もあったり。また花魁は欠かせないといったポイントを基軸に、コレクションを集めていたようです。現在のものに関しては、おふたりの興味のあるところが合っていたのかもしれませんね。そのあたりは、理詰めというより感覚的だとおっしゃっていたと思います。
渡英のためのクラウドファンディング
日本の現代きもの作家4ブランドが V&A に永年収蔵されることが決まったことを受けて、渡英に関わる活動のためのクラウドファンディングも立ち上がりました。今回集まった4ブランドは、どのようにして決まったのですか。
るみ:「Rumi Rock」「モダンアンテナ」「iroca」「重宗玉緒」はいずれも、以前からお互いのおつきあいがあるところです。「ロンドンに行きますか?」と、お声がけしました。重宗さん以外は、最初は行く予定がなかったらしく……。
シーラ:それが信じられなくて(笑)。
るみ:私には行かないと言っていただけなのかも(笑)。いずれも小規模なブランドですから、情報発信はみんなで一緒になってまとめてやるのがいいと思いまして。開催日が迫っているにもかかわらず、具体的なことが何もできていなかったので、「俺たちは V&A の企画展に行くぜ!」といった告知情報だけでも、ひとつのウェブにまとめて発信したいと思いました。さらに、顧問となるシーラさんを自腹で参加させるのはなんとも申しわけないということをみんなに伝えたら、モダンアンテナさんがクラウドファンデイングを立ち上げてくれました。
クラウドファンディングは、2019年12月の半ばから募集が開始されましたね。
るみ:直前でギリギリでした。モダンアンテナさんがプランを組み立て、彼の知り合いの広告関係の方と組んで、グラフィックや返礼の内容、締め切りなどいろいろなことを手配してくれました。私たちはもう必死に言われたことに従うだけでしたが(笑)。
驚くことに、当初目標を1,500,000円としていたところ2,000,000円以上も集まりました。それだけの人が短期間で協力してくれたんですね。
るみ:それはね、ウェブ運営してくれた広告会社の方もがんばったし。お客さんがついてきてくださいました。作家それぞれも。
シーラ:渡航費と宿泊費は出してもらいました。そして、せっかく行くんだったら、V&A の展示だけじゃなくて、現地で何かしようかということになった。アンナさんとの最初のやりとりは、文化学園の学会で初めて来日された時。その後の来日の時に、やりたいことの資料を作り、日本の若い人気ブランドを紹介したいと伝えました。2006年だったかな。こうした展示会は、彼女の夢だったと言っていました。
るみ:日本がテーマの45年ぶりの展示会ということで、きものをメインに取り上げることになった。日本でオリンピックが開催(2020年)されることもあって期待は大きかったと思います。博物館での展覧会中に、きものを着せたり作ったり、現地の人たちと一緒にクリエーションできたらなあということを言っていたら、シーラさんが RCA(Royal College of Art:王立美術院)の先生にツテがあると言う。結果、デザイン学校の最高峰、その大きな部屋で、学生さんたちや研究家の方々と思う存分クリエイティブな交流をして帰ってくることができました。
るみさんが最初にアンナさんと日本で会った時に、こういった主旨で展示をしたいということ、そして家紋を作るワークショップを提案されたそうですね。
るみ:その時点では家紋とは言っていませんでしたが、V&A のなかで、きものの作り方のワークショップはぜひさせてくださいとお願いしています。すぐ企画書に書き起こし、それがとおりました。
シーラ:せっかくロンドンに行くのだから、V&A の展示だけでなく、参加者とともに手を動かすワークショップをしたいと。それをるみさんが提案したら、向こうもすごく喜んでくれました。
るみ:アンナさんは、V&A はもともとそういう博物館で、展示だけではなく文化交流が目的だとおっしゃっていました。そうした考えがあるのなら、ぜひ協力したいということになったんです。
ジャパニーズ イン ロンドン
2月末にスタートした展示会は、新型コロナ感染拡大の影響で2週間後には中断を余儀なくされましたが、8月末の再開時は大盛況で、会場に人が入れないほどでした。
シーラ:イギリスには日本の伝統文化のファンがたくさんいます。デザインに興味のある方、テキスタイルやクラフトに関心を持っている方も、この展覧会に期待していました。特に日本の布は、質もデザインもすばらしく、それが生きているコレクションにとって大切なことですから。
るみ:イギリスだけでなく、各国からいろいろな方が来館してましたね。ワークショップには、学校の先生、広告代理店の人、クリエーションに関係する人はかなりの割合いらっしゃった。いわゆる趣味という感じの方もいましたが、日本でやる展覧会と比べると、ビジネスに関わる方、他分野でばりばり仕事しているプロの方が多かったと思います。さまざまな職種の考える仕事をしている人が来ていたようです。ロンドンは、ヨーロッパ全域からアクセスしやすいのもあるんでしょうね。
シーラ:私はイギリス出身ですが、実家はもうありません。映画を制作している友だちが私の映画をつくりたいというので、ロンドン滞在中は、その人と一緒に小さなホテルに泊まっていました。それもあって、オープニングパーティー前に博物館にこっそり入ることができたの(笑)。
イギリスに滞在中、おふたりともずっときもので過ごされたんですよね。
るみ:きものですよ。
シーラ:私もきものです。
ロンドンできもの姿のシーラさん、周りの反応はどのようなものでしたか。
シーラ:ロンドンはみんな自由な格好をしていますから、この髪の色できものを着ていても特別注目されることはありません。たまに、きれいですねと言われるくらい。日本人のほうが目立つと思いますよ。
るみ:現地ではきものを着て活動している日本人を生で見る機会はそうないようで、カフェで取り囲まれて撮影されたことはありましたね。
3週間ほどのロンドン滞在で、特に印象に残っていることはありますか。
るみ:これは大変なところに来てしまったなあと思いました(笑)。初日のオープニングパーティーがすごかったんです。シーラさん、イギリスでは、あの規模の、あのレベルのパーティーが普通なんですか?
シーラ:あの展覧会が、V&A でいちばん扱いされたのはとても大きいことですね。
るみ:2020年2月26日、私が現地に到着した時にはエントランスがピンクにライトアップされていました。たとえば、池袋東武百貨店の倍くらいの大きさの、国会議事堂みたいなモニュメントがあると思ってください。そこのエントランスがピンクに光っている。私たち4社は、現地集合といういい加減な集まり方をしたので、まあそれは感動しました。
展示について、るみさんからの希望はありましたか。
るみ:展示の方法について、私たちは何もしていません。高い天井の会場で、ボディーにきちんときものを着せて、人が身につけたように展示されていたのには目をみはりましたね。こうした展示は、これまでの展覧会ではあまり見たことがなかったから。
写真で見る限り、鬘もメッシュで作られていましたね。
シーラ:なるべくいろんな時代のきものをボディーに着せて、アートではなく、今生きている服として、肌として見せたかった。特に古いきものの扱いは難しくて、貴重な品が傷むことを嫌う提供者も少なくないんですけれどもね。
Rumi Rock のゆかたが永久収蔵されることになりましたね。
るみ:ゆかたの「毛波」と「アポロ」。「ライオン更紗ギラ兵児帯」の3点。いずれもV&A のアンナ・ジャクソンさんが選びました。
シーラ:オープニングパーティーで現地集合したメンバーとしばらく飲んで、夜になってからきものの展示部屋へ行こうということになったんですよね。
るみ:その日の夜、展示場を特別に開けてくれたんです。
シーラ:見学ルートの最初は、江戸時代のきもの展示ブース。見た目はほとんど茶色。竹が誂えてあって、江戸っぽい雰囲気が演出されていました。続く明治・大正時代のブースも印象的で、銘仙が何段も縦に重ねて展示されていました。それから、きものスタイルの洋服ブース。おしゃれなドレスにきものがラッピングされていました。そして最後に、すごく広い白い空間に出る。そこが21世紀のスペースです。会場に入った途端、みんなが一斉に最後のスペースに走って行くの。モダンアンテナさんに「古いきものは見なくていいの?」と聞いたら、それはいくらでも見ているからいいと言ってました(笑)。
初めて自分のブランドの展示を見たときの感動は、ひとしおだったでしょうね。
シーラ:21世紀のスペースは部屋の構成もおもしろかった。小石の庭園に赤い松の木が設えてあったりして。
パーティーの時のるみさんのヘアセットは、ご自分でやられたのですか。
るみ:自分でやりました。
シーラ:るみさん、とてもおしゃれでした。
るみ:日本代表のひとりですし、粗相があってはいけないし……。
シーラ:会場に本物の日本人が本物の現代風のきものを着ている。それがすごく嬉しかった。皆さんシャイな方ばかりですが、常に注目されていました。みんなスーパースターだったんですよ。
るみさんも滔滔としゃべるタイプではないから、現地でのやりとりには苦労されたのではないですか。
るみ:それが実は大変ではなかったんです。会場にはアパレル界や芸術界の偉い人も大勢いて、きもの姿の人もいました。そのなかに、ご自分で作ったというピンクの綿入れの打ち掛けを着ている方がいらした。その姿がすごく楽しくて嬉しくて。私はよくわからないままツーショットを撮りまくっていました。後で知ったことに、その方、イギリスを代表する芸術家、グレイソン・ペリーさんだったんですよ。そんな人たちが、このきものはどうかしらと話しかけてきたり、質問しにきたり。皆さん自分から好きなことを語ってくるので、それを聞いて最後の展示をぜひご覧くださいと伝えれば良かった。
イギリスでどうしてもやりたかったこと*
その1 “ RCAでワークショップ ”
イギリス行きを決めた時、できるだけいろいろなところを見て、いろいろな人と会うという目標を立てたそうですが、現地では具体的にどういったことをやったのですか。
るみ:私のイメージとしては、イギリス滞在中、きものに関することは全部やろうと。「着る─作る─売る─説明する」というきものに関することすべてを、現地の人とやりたいと考えていました。
RCA(Royal College of Art:王立美術院 以下RCA)で行ったワークショップについてお聞かせください。
シーラ:私は以前からRCAの先生と交流があり、V&A の展示会の内容やるみさんたちが主催するイベントについても伝えていたのですが、イギリスに発つ少し前に学校でストライキが起き、スカイプでのやりとりも難しくなってしまいました。あの頃は、新型コロナの感染拡大よりもそちらの影響のほうが大きかった。担当の先生は、使う部屋の許可はもらえたけれど学校に入ることができない。コンセントがどこにあるのか、会場に飲み物を持っていってもいいのか、といったことにも答えることができないという感じでした。
るみ:会場に「きものを作ろう」というコーナーと「きものを着てみよう」というコーナーを設けました。最後は、着付けの先生にも待機してもらってコーディネートして撮影スポットで写真を撮る──というのが一連の流れ。同時進行で、シーラさんは別の部屋で、きものについての講演会を行っています。
着付け用のきものや装飾品は、4社がそれぞれに持ち込んだものですか。
るみ:そう。4社の足並みをそろえるのが、これまた大変だった(笑)。でも日本での協力者もいて、素材はたっぷり持っていくことができました。
シーラ:私もイギリス在住の日本人で着付けができる友だちに協力を頼みました。小物なども用意して、着付けのアイデアはその場で考える。撮影して終了なのですが、一度きものを着た学生さんたち、脱ぎたがらないの。大盛況でしたね。
るみ:RCA でのワークショップ「きものを作ろう」は私がどうしてもやりたかったことです。テーマは帯で、持ち込んだ素材を縫ったり貼ったり、グルーガンでばんばん止めたりしながらオリジナルの帯を作ってもらう。皆さんノリノリで手が止まりませんでしたね。
そのデザインは個人個人で考えていくのですか。
シーラ:今回はグループ単位でアイデアを考えてもらいました。RCA はデザインを学ぶ専門学校で、学科も多岐にわたります。大学を卒業した人が通うケースが多いので、学生の多くが博士かマスターをとっています。仕事をしている人も多く、みんなとても忙しい。そうしたなか大学院生がこぞって参加してくれました。
るみ:すばらしい学生さんばかりで、ものすごく盛り上がりました。参加された方もいい体験になったと思います。RCAの先生が案内してくれた学校のツアーも楽しかった。デザイン学校だからどの場所もデザインがユニークだった。トイレのサインディスプレイもおもしろかったなあ。
イギリスでどうしてもやりたかったこと*
その2 “スウェイギャラリーで展示販売”
るみ:シーラさんにも相談しながら、スウェイギャラリー(sway-gallery)という場所を数日お借りして展示販売もやりました。参加するみんなに提案して、この時だけ「Kimono Magic Society」というチームを組んで興業したのですが、そこにも大勢の人がやってきました。
どういう人がきものを買っていたのでしょうか。
るみ:何を見てきたのかわかりませんけれど、「デビルマンだ!」とか言いながら、ゆかたを買い求める人もいましたね。売ること自体が目的ではありませんでしたが、自分たちの商品を海外に展示して、それが認められるかどうかをきちんと見たかった。また、ロンドンには着物のインスタグラマーの女性がいらっしゃるのです。古着と自分で制作した小物をコーディネートしてとても素敵でした。その場面がNHK番組「世界は欲しいモノであふれている」の最後のほうでもちょっと取り上げられています。モデルさんにきものを着てもらい、街を練り歩くということもしました。ファッションショーや撮影会、ワークショップとてんこ盛りでした。
シーラ:一方私のほうは、ロンドンの芸術大学のひとつ、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション(London College of Fashion)で、きものの作り方やその文化背景についての講義をしています。
るみ:シーラさんはそこで学生たちとミニきものを作りましたね。反物がきものになるまでの工程を紹介していました。
シーラ:本物の5分の1くらいのサイズのきものを作りました。スカーフのデザイナーは、自分のデザインした柄できものを作っていました。ある男性は、自分で描いたテキスタイルで作りました。布や紙を使って実際に手を動かしてみると、長い反物がきものになる組み立てから理解できる。皆さん、アイデア豊かでとても楽しかった。その授業に、本物のきものデザイナーのるみさんにも参加してもらいました。
イギリスでどうしてもやりたかったこと*
その3 ジャパン・ハウスロンドンでトークと注染実演
会期中の3月13日には、ジャパン・ハウスロンドンでトークイベントや注染の実演も行っていますね。
るみ:V&A のきもの展が決まってから、シーラさんは支援を求めて外務省に出向いています。私も途中から付き添いで伺いましたが、そこで担当者から紹介されたのがジャパン・ハウスロンドン(JAPAN HOUSE LONDON)でした。ジャパン・ハウスは日本の外務省が運営している複合的な文化・商業施設で、日本文化のアンテナショップとして活動を展開しています。
シーラ:ロンドンのほかに、リオ・デ・ジャネイロとロサンゼルスにもあります。数案の企画書を作って、現地のキュレーターに企画をもちかけました。
るみ:私たちはそこで、ゆかたの注染を紹介したいと提案、交渉しました。ジャパン・ハウスを運営している方が日本にいらしたので、イギリスの会議室とつないでプレゼンをしています。大久保尚子先生(宮城学院女子大学 生活科学部教授)も注染を研究されていたので、一緒に紹介させてもらいました。友禅の研究者は多いと思いますが、東京での手ぬぐいやゆかた文化についての研究者はそういらっしゃらない。現在の東京もそういう傾向があるように思いますが、東京の人は京都のものづくりとは違って資料をあまり残さないんです。大久保先生は、そうした東京のものづくりを丁寧に取材して記録している。それがゆかたの説明には非常に大事な資料となります。実は大久保先生は高校の同級生でして。先方とも、そういう企画だったらいけるねとなり、実現に至りました。
シーラ:イベントルームに Rumi Rock の反物をたくさん展示して、私とるみさんが、ゆかたの歴史や注染のお話をして、その後、ルミロックストアの金子一昭さんが注染のデモンストレーションをしました。
るみ:イベント直前の告知になってしまいましたが、たくさんのお客さんが入りました。ロンドンの一等地にあるカルチャーセンター的な施設で、先方のメールマガジンを見て参加したという染色マニアの方もいましたね。
シーラ:私たちは地下の専用ルームでイベントを行ないましたが、1階には買い物ができるショップがあって、その上の階にレストランもありました。
るみ:昼夜2講演で、昼はプロ向けの歴史や学術的なお話。夕方はデザイナー芝崎の取り組みを紹介させてもらいました。大久保先生はきものやゆかたの位置づけを英語で講義されましたが、私のほうはシーラさんに翻訳してもらいながら、なんとか切り抜けることができた。
シーラ:質問タイムでは、いろいろな方向から質問が飛び交いましたね。講演後に行った金子さんの注染実演もとても好評でした。
るみ:会場の運営担当者が、金子さんの手元をカメラ撮影して、会場の皆さんにも作業がわかるように大きいプロジェクターに映写しました。注染のプリミティブなやり方を見ていただくことができたと思います。皆さん前のめりで見てましたし、質問もいっぱいありました。金子さんの実演が終わった時、会場からあったかい拍手が起きたんです。ああいうデモンストレーションをまたやりたいと、彼も言っていました。
会場ではどんな質問がありましたか。
るみ:「これは化学染料を使っているのですか」とか「デザインするうえでのポイントは何ですか」など、踏み込んだ質問が多かったです。
日本人が想像している以上に、海外の人たちはきものやゆかたを受け入れているということでしょうか。
るみ:2講演それぞれ200人以上の参加がありましたけれど、海外とか日本とか、そういう違いはむしろ感じませんでしたね。ロンドンでの活動をふりかえって思うのは、こちらに強いエモーションがあれば、現場の方がそれを実現するために力を貸してくれること。ひとつの案件が不可能となったら、ここをこうしたらいいとか、この日だったらいいとか、なんらかの選択肢を考えてくださる。そうやって実現に導いてくれるところが日本とは違うなあと思いました。見に来た方も積極的です。
シーラ:その提案がおもしろいと思ってくれたら協力を惜しみませんね。るみさん挑戦好きだから、その熱意が伝わるんですよ。
るみ:一応、裏づけはあるんです。こうすれば、みんなが楽しめるだろうというアイデアを多めに提案する。ダメ元でいいと思って。でも意外とそうした提案をおもしろいと思ってもらえて「ではよろしく」となる。そうしたことがたくさんできた展示会だったので、お客さんにとっても思い出に残るものになったと思います。
JAPAN HOUSE LONDON
イベントの様子
イギリスでどうしてもやりたかったこと*
その4 ロンドンで家紋を作ろう
るみ:ジャパン・ハウスのイベントが終わってすぐ、V&A での体験講座が開催されます。それが「自分の家紋を作ろう!ワークショップ」。このワークショップがものすごく楽しかった。
シーラ:参加希望者は、V&A の会員になって事前登録します。お金はかかりませんけれども登録をする必要があります。
るみ:V&A のホームページでも募集していましたが、すぐに応募人数に達して一安心しました。各地から14人ほどが参加したのですが、アパレルブランドを運営されている方もいましたね。皆さんあらかじめ何種類かの案を考えていてくれて、そのメモを見せてもらった時は感動しました。V&A 内のワークショップルームは広くて設備も整っていたので、作業もとてもしやすかった。
シーラ:V&A でなければなかなかできないことでしたね。
るみ:本当に。最初に V&A から展示のお話をいただいた時、ワークショップができるのであれば参加させてほしいと伝えましたが、その時点ではまだ具体的なことは考えていませんでした。でも直感的に、そうしたことをやらないとルミックスとして、きもの業者としてだめだと思った。V&A には山田雅美さんという日本人のキュレーターがいらっしゃって、根付の専門家でもあるんですが、アンナさんと一緒に来日された時に、困ったことがあったら連絡してくださいと言ってくれました。今回の展示会では、多岐にわたり助けていただきました。彼女がいたから、何とかやりとげることができたと思います。
シーラ:るみさん、型紙づくりのお試し版みたいなワークショップを海外の人向けに東京で事前にやりましたね。
るみ:シーラさんや通訳の石岡久美子さんに海外の参加者を集めてもらって、各々の家紋を考えてもらいました。そのワークショップでシーラさんが作ったのが、きもののシルエットをひな型とした家紋でしたね。
シーラ:私からきものを取ったら何も残りませんから。
るみ:日本で事前に行ったワークショップでは、実家が花屋をやっている人は花の家紋。実家がぶどう農園でワインを作っているという男性は、そこに橋をあしらった家紋をデザインしていました。
シーラ:V&A のワークショップでは、午前中に解説を聞いてからすぐに型紙を彫り始める人もいましたね。
るみ:型紙は紙ですから、デザインがつながってないと穴が開いてしまう。そうならないよう工夫しながら、ほんのちょっと継ぎ足したりしつつシンプルに調整しないといけません。また家紋本来の目的として、遠目でわかりやすいことも大事です。イギリスには紋章の伝統が背景にありますから、家紋への理解も得やすかったのだろうと思います。
シーラ:あのワークショップは本当に楽しかったな。
るみ:外国の方は「自分はこういう人間でこういう人生を送ってきたので、このモチーフとこのモチーフを合わせたい」と提案してくる。そうするとデザインとしては、その関係性を崩さないようにしながら、見た目の情報を減らす作業になります。建設的で、できあがると確かに自分の心がかたちになっているので感動してくれます。かたや、日本で家紋づくりのワークショップをやると、自分について説明してもらい柄の候補を出してもらってデザインしていく段階になると、「これでは自分ではなくなってしまう」と思われてなかなか完成しない。この違いはなんでしょうか。個人にとって一番大事なところを取り上げて文節化してデザインに組み立てる。それがきものの奥深さだから。きもの文化は大きな話ですよね、シーラさん?
シーラ:本当にとても奥深くて大きな話。
るみ:きものという、一ジャンルの話ではなくて、人間がどうやって楽しく文化を作ってきたか、という話ですから。
シーラ:その型紙が午後には手ぬぐいに染め上げられる。できあがった手ぬぐいを見て、皆さん感動していましたね。
るみ:予定では金子さんが捺染を担当する段取りだったのですが、参加者の皆さん、自分でやりたいと言って聞かない。結果、金子さんの仕事は、朝の10時から夕方の4時まで、捺染する人の型紙を押さえるだけになりました。
なぜきものに惹かれるのか
ロンドン滞在中、イベントがない時はどのように過ごされていたのですか。
るみ:私は美術館巡りをたっぷり楽しみました。V&A のキュレーターに連れていってもらったロンドンの墓地巡りも楽しかった。ロンドンの墓地って観光地なんですね。モニュメントもすごくきれいで、こういう文化なんだと思いました。
シーラ:V&A の建物も素敵で床は黒と白のタイル。レストランの壁はすべてウィリアム・モリスのものです。きものにも合う建物でした。
るみ:現地の美術館や博物館では、小学生から中学生、本当に多くの子どもたちが座って模写していました。
シーラ:ナショナルギャラリーをはじめとする博物館や美術館は国立なので自由に入れます。日本みたいに撮影禁止といったところはほとんどないし、自由に出入りして利用できるんですね。見るものがたくさんあって、全部見ようとしたら一週間はかかります。
るみ:「Kimono: Kyoto to Catwalk」は、ロンドンでの展示が終了してから巡回展が始まり、8月にはスウェーデンのイエテボリにあるミュージアムワールドオブカルチャーという場所で開催されたんですよね。ここでも記念式典やイベントをしたかっただろうと思いますが、ロンドンの担当者を呼ぶこともできず、運営は大変だったと思います。
シーラ:スウェーデンでは2021年の8月17日から2022年1月30日の間、開催されていました。この展示以降も巡回展が予定されているのですが、まだ詳細は決まっていません。V&A の担当者は、4〜5か所で巡回展を開催したいと言ってました。
るみ:私はテレビの時代劇が好きで、それがきっかけできものの世界に入りました。途中から新品を作るほうに行きましたが、本当は映画の衣装などをやりたかった。シーラさんが日本に来られたのは、もともときものがお好きだったからですか。
シーラ:夏休みに武道や空手を学ぶために日本に来ました。そこで店先にかかっている長襦袢をぱっと見て、素敵だなあと思った。これがきものだと思って買いました。なぜ下に着るものがこんなにきれいなのかと。おもしろくて楽しくて、きれいなものを見つけると、つい買ってしまうようになり、次第に高価なものにも手を出すようになりました。でも高価なものを買っても着なければ意味がない、ということで着付け学院に通い始め、免許を取りました。
るみ:いろいろなことにチャレンジして勉強されているシーラさんに日本人がもっとも聞きたいのは、きものの魅力って何ですか、ということだと思います。
シーラ:なんでも、いちばん最初がいちばん大変じゃないですか。たとえばスキーを習いに行くと、転びたくないからあちこちに力を入れてしまって初日はめちゃめちゃ疲れる。でも、体の使い方を把握できるようになったら、力を使わずにスイスイ滑れるようになる。斜面と風の関係、雪面のどこが柔らかいか硬いかということもわかってくる。たぶんきものもそうだと思う。最初の訓練をクリアできれば、ごくあたりまえのことになります。そこがきものの好きなところ。
ご著書にも書いていらっしゃいましたが、お気に入りを着て写真に残すところまでがシーラさんのきものの楽しみ方なんですね。
シーラ:写真に撮るようになったのは、インスタグラムを始めてから。冬にボロ(戦前の古着、木綿など)を身につけると、素敵な写真になることを発見してからです(笑)。
世界の中心ときものの中心
シーラさんは国内外できもの文化の講演や授業をしていますが、日本と外国とで違いや社会の変化を感じることありますか。
シーラ:質問がそのつど新鮮で、毎回発見があります。おもしろいことに、少し前までは、海外で日本の服飾について話す機会はあっても、日本国内での講演はそう多くありませんでした。それが最近は日本ばかり。講義だけでなく、きものに関する講演会も増えました。なぜか日本人が私のメッセージを聞きたがる(笑)。これまでずっと海外の人向けに英語でしゃべっていたのが、最近は日本人に向けて日本語ばかりです。
シーラさんの知名度が日本で上がってきたからそういったシチュエーションが増えたのでしょうか。それとも世界が、人びとの考えが変わってきたからなのか。
シーラ:両方あると思います。それに加えて『KIMONO times-AKIRA TIMES』(2017年)を出版したことも大きかった。たぶんこの本の存在が重要だと思います。
『KIMONO times-AKIRA TIMES』は、日本の出版社から出されたものですが、海外の書店でも販売されていましたね。
シーラ:そうです。この本はアマゾンの古書に12,000円ほどで出ているくらいで、今入手することはできません。在庫のほとんどを V&A が買い取ってしまいましたから。(インタビュー時)あとは私の持っている在庫がすべてなので、欲しい人は私から買ってください(笑)。
これは展示会に合わせた出版だったのですか。
シーラ:違います。出版は V&A の展示会前のこと。アキラタイムス(佐藤彰さん)のサイトで発表される写真がすばらしかったので、私から申し出て、制作に取りかかりました。これをアンナさんに見せたら絶賛していましたね。
V&A のプロモーション写真は、アキラタイムスさんが撮影したものなんですよね。
シーラ:そうです。撮影場所は彼の拠点(日本)なので、私が彼の自宅まで V&A のキュレーターを連れて出向かないとならない。アキラタイムスさんは、自分のいる場所を大世界の中心にすると言っています。
るみ:彼はひとりで世界と対決しているんだ。
シーラ:彼自身のもって生まれた素質が飛び抜けていて、これだけ完成度の高い写真を撮ることができるんですね。アール・ヌーボーやアール・デコなどのアートを独自に学び、さまざまな音楽にも造詣が深いミュージシャンでもあります。写真を撮影する時は、対象となるもののどの部分がかっこいいのか、どのラインが美しいのかといったことを自分の頭のなかで分析して、ポーズやライティングを考えるそうです。
ひとりだからこそ集中できるのでしょうか。
シーラ:そうかもしれない。現地には行かなかったけれども、展示には参加していました。最後のほうにありましたね。
るみ:会期中、V&A 会場の横断幕の下にこの本が陳列されていました。V&A 近くの本屋でもたくさん売られていましたよ。
シーラ:この写真集、多くの人たちのインスピレーションになっていると思いますよ。
シーラさんのそうした考え方、ボランティア精神と言っていいかわかりませんが、そういった活動力はどこからくるのでしょうか。
るみ:シーラさんはできないボランティアはしませんけれど、何か特別なものと出合った時「この仕事は私がやらなければいけない」と思う瞬間があるように思います。
シーラ:利益のことを考えると不自然に傾いちゃうんですよね。私にはこれといった売り物がありません。最近、腰紐は作りましたけれど。ものを販売している立場にないことが、いろんな人に信頼されている理由かもしれません。
最近、シーラさんをNHKで拝見することが多くなりました。
シーラ:テレビに出るようになったのは、やっぱり「世界は欲しいモノであふれている」が大きかったかな。あの番組が放映されて以降、4〜5回出演しています。出演依頼もインスタグラムをとおしてやってくる。大学の仕事は最近辞めました。大学に関わると、きものの仕事が満足いくようにできませんから。
現在はフリーランスのシーラさんということですね。
きもの文化を伝える展示とは
日本では2020年6月30日から8月23日にかけて、東京国立博物館で特別展「きもの KIMONO」が開催されました。この特別展とV&A で行われた展示に関連性はあるのでしょうか。
るみ:オリンピックの開催に合わせて企画された特別展で、V&A との関連性はそれほどないかもしれません。
シーラ:V&A では、『スターウォーズ』の衣装やアレキサンダー・マックイーンの洋服が同時に展示されていて、きものが映画にもファッションにも影響していることが見て取れましたね。きもののもつエネルギーを感じることもできました。
るみ:黒澤明監督の『椿三十郎』で三船敏郎が着ていた衣装の展示があったんですよ。その隣に『スターウォーズ』の衣装が並べてあって、きもののイメージをよく掴んでいると思いました。さらにその隣に和次元・滴やさんのきものがあって、一連の流れがわかるにようになっていました。ルミロックストアの金子さんとも、東京国立博物館とV&Aの違いを話し合ったことがあるんです。ある文化が終わって、絶滅したもの、珍しいものを昆虫採集みたいな文脈で展示するのが日本。見る人に「かつてはこういうものがございましたね」「昔の日本人はこんな素敵なことをやってきたんですね」という印象を与えるのが日本の展示のようだと。それに対して、生きているものとして発展性をもってアプローチしているのが V&A だと思いました。
シーラ:残念ですよね。過去の品物を記録するためだけに博物館が作られ、完璧で動かしようがないかたちで固定されてしまうのは。
るみ:博物館は当然おもしろくあってほしい。ただ、そこを人びとの交流の場にするか、保管の場所にするかは運営者の判断ですね。
シーラ:東京国立博物館の20世紀のきものブースを見た時は、もっと素敵なものいっぱいあるのになあと思いました。この博物館は、昔のものについては、V&A にもないようなすばらしいコレクションを所蔵しています。たとえば、江戸時代の火消したちが身につけていたジャケット。あれもすばらしいユニフォームです。
るみ:歴史上の人物が身につけていた本物の衣装とか。
シーラ:中央には、銘仙など時代のきものを人形に着せて全体が見えるように展示されているスペースもあるし、岡本太郎の打ち掛けや人間国宝の染や織りのきものもある。それはそれでいいと思うんですよ。技術的には確かにすばらしいものだから。
るみ:久保田一竹の辻が花のように、きものの美しさを代表する作品とか。
シーラ:でもこれらは、いい衣装を見せるための展示ですよね。着るものではない。現代に通じるものといったら、YOSHIKIMONOのアニメ『進撃の巨人』とのコラボきものくらいでした。現代の作家もの、たとえば丹後の織物で誂えものはなかったし、現代のファッションときものをつないでいる斉藤上太郎さんのきものもなかった。
るみ:そこに、今生きている環境での接点がない。蝶々の標本箱のように、きれいに並べられています。
シーラ:そう。着たり真似したりしたいと思う、行動が起こせないのね。
るみ:本当はもっといろいろあるはずなんです。V&A の展示は、現在のアクティブな状況やこれからへの期待が込められていたけれど、きものの発祥地である日本でそれができないのは、なぜなんだろう。結果的に「良いものを置いてみました」「近代のものも置いてみました」というだけになってしまう。今、私たちが、どのようにきもの文化と歩んでいったらいいのか、その答えがどこかに見える展示であってほしい。
シーラ:本当にそう。
るみ:こうした旧来の展示では、きものは終わったものというイメージで受け取られてしまいます。私たちのように、きものを作品として、また商品として作っている人もいて、もちろん普通に着ている人もたくさんいて、洋服文化から乗り換える人もいらっしゃるわけです。シーラさんは海外で育った方だから、思ったことを素直に表現していってほしい。私はこれを仕事としていますので、ここから先はこれから作るものでその問いに答えていきたいなあと。
シーラ:最近の洋服は、色も柄も少なくて、自分を表現しにくくなってきているんですけれど、きものだと表現できる。あと、やっぱりきものはいろんなことを教えてくれる。ファッションは浅いという人もいるかもしれないけれど、社会状況や経済状況との関係がとってもとっても深いんです。だから、きものを勉強すると日本の歴史とか情勢とかいろいろわかってくる。飽きることはないですよね。いくら勉強しても終わりがない。知らないことのほうが知っていることよりも多い。
るみ:そうなんですよ。私の場合、ああかなあ、こうかなあと思っていることを、きものを着たり作ったりすることによって裏づけしている感じですかね。別にこのかたちじゃなくてもいい。工夫して、楽しく、素敵なものを、エネルギーをぶつけるみたいな、最後の出力、出口として考えていければいいと思います。